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アウルム地方 Ⅳ

作者: エチカ
last update publish date: 2026-04-09 07:45:29

 ミレー中尉に至ってはヴィンス・サリバン公爵閣下の番がどうお得なのかを延々と語って来る始末。

 結局、番の話は有耶無耶になったが、この日を境にノエルやミレーとも普通に会話出来るようになった。

 庭の方から子供の笑い声が聞こえて、オルタナは不思議に思い二階の私室の窓から顔を出す。

 広く美しい庭園のガゼボで、ミレーと少女が笑い合っている。

 少女は下級貴族の様な質素な装いで、傍には見た事のない中年の髪のない下男らしき男が侍っているが、少女の髪は鴉の濡羽の様な美しい黒髪だ。

 あんな黒髪を持つ少女が下級貴族なわけないし、国内でサリバン公爵と同じ様な黒髪を持つ少女の噂なんて聞いた事がない。

 そこにサリバン公爵が姿を現した。

 片膝をついて少女の手を取り、甲に口付ける様を見て、首を捻る。

「公爵が膝をつく相手なんて……」

 そう一人呟いた途端、部屋のドアがノックされた。

「……はい」

「俺だ。団長が庭に来いと仰せだ」

 ノエルが部屋の扉の前に立っていた。

 相変わらず無骨で、大柄な分威圧感もある。

 だが、この数日で彼はそう怖い男ではないとオルタナも分かって来た。

「……承知しました」

「お忍びのお客様がいらしている。粗相のないようにな」

「お忍び……ですか」

「何だ、お前。元気がないな。具合でも悪いのか?」

「え? いえ……大丈夫です」

 食事以外、放って置かれているのは喜ばしい事だ。

 でも、状況が分からない場所で何の関心も持たれないと言うのは、一日を長く感じる。

 毎日誰かの気配を感じながら、一人で部屋にいると言うのに慣れない。

 ずっと一人だったのに、どうしてこんなに落ち着かないのか。

「団長、オルタナを連れて来ました」

「あぁ、こちらへ。オルタナ、ご挨拶を」

 オルタナは少女の前に進み出て、地面に両ひざを折り、顔を見ない程に首を垂れた。

「オルタナと申します」

 公爵が膝を折る程の相手なら、こうするのが妥当だ。

「お顔を上げて。初めまして、オルタナ。私はラチアよ」

「ラッ……チア王妃……殿下」

義姉上あねうえ、オルタナが驚き過ぎて固まっております」

「まぁ、ヴィンスったら。私のせいだと言うの? この悪戯を思いついたのは、貴方でしょ?」

「お忍びでこちらへ来るとお決めになったのは義姉上ですよ」

 十二歳の少女に、いい歳の男が“義姉上”と言うこの異様な現状が、このドーン王国の最も尊い貴族達の姿だ。

 十二歳と言ってももっと幼く見えるのは、きっと王妃殿下がΩだからだろう。

「オルタナ。私、貴方に会えるのを楽しみにしていました」

「え……わ、私にですか?」

「えぇ。貴方が王都に来るのを待ちきれなくて、来てしまいましたわ」

 花のような笑顔とは、こう言う物だろうかと呆然と思う。

 一国の王の隣に立つには心許ない程小さな体だが、その凛と伸びた背筋や一点の曇りもない微笑みは、幼さの中に芯の強さを垣間見せる。

 王妃陛下の金蜜色の眸は、自分が今どこに立っていて、どんな役目を背負っているのかを知っているように見えた。

「あ、そうそう。こちらはウケイと言うの。口煩い私の侍従よ」

「姫様がもっと王妃然として下されば、この口も大人しくなるのですが」

「ほら、こうやって煩い事ばかり言うのよ」

 気さくな王妃様で何よりだが、オルタナは自分がそこにいて、貴族の優雅なティータイムに呼ばれた事に、まだ状況が把握出来ていない。

 婆ちゃん。状況を把握するのってこんなに難しいものなんだね……。

 今まで相手にして来たのは下らない噂話で盛り上がる主婦とか、軍人を食い物にしている商魂逞しい娼婦達、職場の愚痴を吐くおっさんとか、悪態つく子供。

 貴族なんて、モリガン兵の一部にしか遭遇した事はないし、一番接触した貴族と言えばモリガン大佐くらいだ。

「オルタナ? どうしたの? ウケイは髪がないけど怖くはないわ」

「あ、いえ……ちょっと緊張して」

「じゃあ、貴方の得意分野でお話しましょうか」

「得意分野……?」

「こう見えて私、薬学博士号持ってますの」

 王妃が生まれ育ったサンノ国は薬学研究の最先端だと言うのは、オルタナも知っている。

 いつか行ってみたい国、最有力候補だ。

 まぁ、夢のまた夢だけど。

 だが、十二歳の少女が薬学博士なんて信じがたい。

 未だ薬学の世界は未知な事が多く、それ故ドーン王国では薬師育成が鈍化している。

 薬学に精通し、教えられる者が少なく、尚且つ未開拓な分野が多いからだ。

「私は王の運命の番だとか言われてますけど、私がこの国に嫁いで来たのは、それだけじゃないのよ」

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最新章節

  • 魔女ドーラの孫(仮)   約束

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  • 魔女ドーラの孫(仮)   新しい王

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  • 魔女ドーラの孫(仮)   アウルム地方 Ⅲ

     口に入れた瞬間から、何が入っているのかを考えて、危ないと判断したら吐き出す。 でもそれが遅れれば、体に支障が出る。 どんな薬草で、どういう症状が出るのか。 どの程度なら問題なく食べられる物なのか、常に考えていなければならない。 勿論死ぬほどの量は含まれていないが、祖母はスパルタだったから、吐こうが下そうが、白目をむいて倒れようが容赦なかった。 そうして具合を悪くする度、祖母が作ってくれるのはミルクベリーのスープだった事を思い出す。 母乳に近いと言われる栄養価の高いベリ

  • 魔女ドーラの孫(仮)   アウルム地方 Ⅱ

     そう聞かれて、オルタナはただ全力で左右に首を振って答えた。「こっちを向いて。オル……オーリィ」「へっ?」「怖くない、と言っていただろう?」「ちょ、まっ……」「ぶはっ! ははははははっ……流され過ぎだぞ、オーリィ」 公爵は、我慢ならないと言った風に腰を折って笑う。 解かれた手首には、まだ公爵の熱が残っている。 何が起こっているのか未だに整理が付かないオルタナの脳内は、混乱し熱を持って呆然とするしかなかった。

  • 魔女ドーラの孫(仮)   アウルム地方 Ⅰ

     アウルム地方にあるサリバン公爵家の別荘へ来て一週間が過ぎようとしていた。 気候の良いアウルムではもう、雪の残る所はなく、芽吹いた若い緑が眩しい程だ。 オルタナの為に用意された特別な部屋とは、薬草に関する書籍や古文書が所狭しと並ぶ一室だった。 拘束も解かれその部屋を私室として与えられ、普通に暮らしていた。 そう、普通だ。「いや、おかしいだろ……」 目が覚めていつも思う。 ここで何をしているのだろうか?

  • 魔女ドーラの孫(仮)   モリガン区 Ⅴ

    「モリガン大佐に頼まれていたのは、ただの香辛料で……」「それが、悪用されたようだ」「あ、くよ……う?」「適量を守ればただの香辛料も、摂取量を間違えれば毒になる。彼らが死ぬ前に飲んだ酒には大量の香辛料が混入されていた」「ま、さか……大佐が……? 嘘だ……」「まだ、真相は分からん。だが、こんな分かりやすい方法で六人も害したとなれば、お前は犯人に仕立てられたんだろうよ」

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